今から25年ほど前にご高齢のお客様より「お赤飯あげるよ」と言われ、
渡されたお赤飯が長年柳川に住んでいながら初めて目にするお赤飯でした。
私が「お赤飯?」と不思議そうに尋ねると、「お赤飯!」と返ってきました。
怪訝そうにしていると、「あら?このお赤飯知らないの?」と言われ、
説明して頂きました。
「うちの回りでは三色赤飯といって、お祭りやハレの日に出しているお赤飯で、
今回は私が急に食べたくなったから作ったの。」
赤と白は分かるにしても、黄色いご飯を見た事がなかった私は
「この黄色いご飯は何ですか?」と尋ねました。
「うちの裏の畑に生ってるクチナシの実で色付けしたご飯なの。」
栗きんとんくらいにしか使わないと思っていたクチナシの実をご飯に使うことも驚きましたが、
三色のご飯が一粒一粒混ざり合っているのも不思議でした。
「ありがとうございます」と言って、その時は珍しいお赤飯?を頂いたな〜と思いました。
しかしながら、それから時間が経つにつれ、どうやって作るのか?
どうやって一粒一粒を混ぜているのかが気になって仕方がございませんでした。
インターネットで調べても唯一画像が一枚あるだけで、その他何も情報がございませんでした。
次にお客様とお会いした時に伺ってみることにしました。
「この前頂いたお赤飯、美味しかったです。あのお赤飯はどうやって作るのですか?」
と尋ねたところ、快く詳細な作り方を教えて頂きました。
作り方が分かって嬉しかったこともあり、スッキリした当時の私はそれで満足でした。
それから、10数年経ったある日、TV局より三色赤飯に関する問い合わせが入りました。
私は知り得る限りの情報を提供し、番組に取り上げられるか楽しみにしましたが、
後日、再度連絡が入り、作り手が減っていることや以前の私と同じように
三色赤飯の存在を知らない人が多いということで、
取り上げられることにはなりませんでした。
普通のお赤飯でも作り手が減っていく中、二日かけて作る三色赤飯が減っていくのは当然のことかと思いましたが、
今まで伝承されてきた三色の華やかなお赤飯がなくなっていくのは何とも忍びなく、そして寂しく感じました。
文化の伝承、その為には幅広い年齢層に地元には全国でも珍しいお赤飯があることを広めたく、
お子様でも手軽に口に出来るようにポン菓子という形にしてみました。
①三色分のうるち米を蒸す
②黄色は「くちなし」の煮汁を加え着色し、もち米を加える。
③赤は「小豆」の煮汁と「小豆」を加え着色して、さらにもち米を加える
④白はうるち米を蒸したものに、もち米を加える
⑤それぞれもち米を混ぜたものを更に蒸し上げます。
⑥最後に三食を均等に混ぜれば完成。